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kaaaaawaのブログ

はたしてこれはブログなのか?

賃上げデモって逆効果なんじゃないか

仕事 仕事-能力

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 4月を迎えましたね。暖かい春が訪れる季節です。新入生のみなさま入社おめでとうございます。弊社にも20名ほどの新入社員が来てくれました。先ほど少しお会いしてきましたが、初々しいフレッシュな感じでしたね。これから頑張りましょうね。

 

 さて、話は変わりますが、先日出社時間に賃上げデモを見ました。朝も早くから声高らかかにデモ活動をされていましたが私には無縁です。そもそも、そんなに苦だと感じていないし、欲を出せばキリがない。よその芝生は青く見えるもんです。

 

 新入生がウキウキしているであろう中書く記事なのかと言われそうですが、ふと考えてしまったので書いてみようと思います。

 

 3月某日、経営者へのお願いなのか、政治家への要望なのか、世間へのアピールなのか、一生懸命活動をされていました。

 

 その中で「チラシ配りしている人たちはどう思って活動しているの?」とふと思った。賃上げをすればどうなるのか、どういう展開が見えるのか、本当に理解しているのか。もしくは、考えて行動しているのか。

 

 目先の何百円アップのために声を出している人がいるんですよね(多分)。「最低賃金1,500円」「給料を上げろ」と看板を上下しながら抗議していたわけですが、何か腹が立ってきましてね。今、文字に起こしているわけです。

 

 ただ、感情的に愚痴を書いても仕方がないので、「なぜ賃上げデモが逆効果だと考えているのか」を少しまとめてみようと思います。

 

1,500円になったと想定してみよう

 

 企業が生き物のように動く理由は、「労働力」があるからです。物Aと物Bを用意しただけではどうにもなりません。労働者を雇用することで、AとBを合わせる生産や販売などが可能となり、企業が動き出します。なので労働者は必ず必要です。

 

 今までは高価な機械と、割安な人件費を比較して、後者が選ばれてきたわけで、割安な人件費が高くなれば機械化が進みます。もちろん全てが機械に取って代わられることは当面はないと思います。本当単純な作業において、人が減り機械が増えることはあると思う。

 

 賃上げ要請は悪いことじゃない。ただ、限度や段階があるんじゃないかってこと。

 

 10円程度の賃上げは可能だと思う。ただ、最低1,500円はいくらなんでも難しいんじゃないか。

 

 デモをしている側からすると「10円上がったところでしれている」と思うのであろうが、会社からしたら「何人雇用していると思っているの?」となる。ようは、自分のことしか考えていない。人は己のエゴには甘い。

 

 仮に、1,500円の賃上げが成功しかけたとしよう。そこに、「いや、今の賃金で満足なので私を働かしてください」という人がでてきたらどうでしょう。企業は迷わずその人を雇用しますよね。

 

 じゃあ、最低1,500円でしか働かないといっている人はどうなる。働き口がなくなります。

 

 そもそも、なんで1,500円なのって話。なんで1,430円じゃなく、1,500円なのでしょうか。どんな計算を用いて出した数字なんでしょうか。テレビで、新聞で、ニュース番組でやってたから、合わせておこうという思いはないのかな。

 

 そもそもね、アルバイトだけではなく正社員も給料は低いですよ。

 

自分の首を絞めていることに気づいてる?

 

 賃上げは規制でできるけど、雇用は規制できないことに気づいてるのか。例えば成立したとして、来年から始まりますとなったとしましょう。そうすると、先述したように機械が導入されてくるはずです。

 

 金もかかる、デモもする、体調不良で休む、雇用しても辞められる、雇用するまでに金がかかる(求人費は高い)、その日の気分で生産性が変わる。

 

 こんな不安定な要素があるのであれば、安定的な機械のほうがいいですよね。労働者全員の給料を上げるくらいなら機械を導入しよう。この考えは至極当然考えられることだと思う。

 

 そしてね、雇用は強制的にルール化できないんですよね。最低何人雇わないといけないとかないわけで、削減しようと思えばできるんですよね。

 

 また、機械が導入されないと仮定した場合何が起こるか。業務が増える現象が起こるはずで、いわば「1,500円に見合った労働をしてね」となる。今までの業務でいっぱいいっぱいなのであれば業務過多になりますよね。でも、永遠と労働時間は伸ばせれれないし、時給も払ってられない。

 

 じゃあ、みなしの労働が出てきますよね。そら仕方ないですよね、「1,500円」の労働価値を出せてないんですから

 

 このように、自分たちの首を絞めているとしか思えないんですよね。

 

現能力の前提で話をしてはいけない

 

 では、デモをしている人たちはどうするべきか、またどうあるべきなのか。

 

 端的にいうと、「自分の能力を上げて賃金をあげればいい」です。これにつきると思う。なんで、こんなに腹立っているかというと、辛辣な言い方だが、「自分の能力が見合ってないから今の給料なんだろ」てこと。

 

 今の社会では分業をすることで効率を上げる。効率化=生産性向上であって、生産性をあげれば利益がでるスピードは増す。分業をするということは、一つの作業負担が軽減するわけで、特別な能力が必要ない作業がでてくる。

 

 我々労働者は、自分の労働力を企業に売って賃金を得ているわけで、労働力に価値がなければ貰える賃金は低いのは当然。

 

 周りより秀でてるものを作る。それを、上司に売り込む。さらに能力をつける。コミットして達成してそれを継続的にする。交渉をする、プレゼンをする、懐に入る。これらを考えて、実際に実行してみているのか。

 

 もし、現能力をベースに賃上げ要請をしてるのならば、考え方を改めたほうがいい。自分の能力を上げて売り込めばいいわけで、努力をすれば少しでも取り巻く環境は変わる。

 

 もちろん、「自分の能力を磨こうと思ってないでしょ。」というわけではありません。ただ、ヘラヘラしてチラシ配りしたり、断固反対とか叫んでいるだけなところを見ると、先述した内容を思ってしまいます。

 

 賃上げの是非なんていうのは、考え方や考える目線によって違うと思います。肯定意見も多数あるでしょう。ただ、今回書いた記事も考えられる範疇であり、同じことを思っている方もいるはずです。

 

 行動の裏にある先の展開を予測するということは、何においても重要なんだなと改めて考えさせらました。色々と思考しながら生活を送らないといけないですね。